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070830 藤本氏×平田氏対談 第一部

記念すべき第一回対談は、社団法人 宇部薬剤師会長 藤本 正夫氏 と、IT委員会長 平田 和幸氏。“IT”に始まり、公益法人の在り方や、薬剤師になったいきさつなど、それぞれの世代を代表する二人の話は縦横無尽に広がっていった。

※※ インタビュアー
文/写真  IT委員会
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※※ 藤本先生が会長になられてから、IT委員会を発足させました。
藤本 IT委員会というのは、とっさに思い付いた委員会なんです。今の委員会構成というんですかね、健康まつり委員会や厚生委員会、あとは保険薬局部会や学校薬剤師部会だとか、形としてそういうのがあるんですけど、若い人たちの、僕らの次の世代というのが育ってないというのが僕らの世代の認識だったわけです。だから、その後に薬剤師会で若い人たちに活躍していただく場。薬局とかそういうのではなしに、薬剤師会でも活躍していただくために何がいいかといったときに、IT委員会を思い浮かびました。IT委員会というのは、どうしても古い先生はもう全然だめですから。
※※ ITという言葉だけで?
藤本 ITという言葉自体で参りますから。僕らが昭和40年代後半に大学を出て、50年、60年、平成になって、その後の情報技術の発展というのはすさまじいものがあった。僕らのときは電話だけですよ。大学を卒業した時はパソコンなんてないですし。だから情報技術はもう電話だけですよね。電話から今度はファクスができたと。
 ファクスだけでもすごいあれで、文書で、これ、どないして出てくるのかね、という感じだったりするので、それはもうびっくりしたということでしょう。30年前か、そのときに僕らがコンピューターだとか、携帯だとか、そういうものがあれば、おそらく僕は人生が変わっていたと思います。
 そのぐらい情報技術というのは何年単位ですさまじく変化している。僕らの世代というのは絶対付いていけないんですよ。付いていけないんだけれども仕事上、コンピューターを使わざるを得ないようなことになってきた。個人であろうと、団体であろうと、ITそのものは今後ますます変化しつつあると思いますので、まずそれは絶対、今後必要だと。そういう仕事はどうしても若い世代の先生方にお願いせざるを得なかったということなんです。
 だから、ITは若い先生を引っ張るための委員会で、特に必要だと考えていた情報技術そのものについても今後、例えば薬剤師会の中での伝達であろうと何であろうとも、それなしではだめだと。レセプト請求もどうなるか分かりませんよね。僕らの世代もどういうふうになるか分からないということで、IT委員会を発足させたんですね。
Fujimoto
平田 若手を集めるというのは初めて知りました。
※※ 今までにない試みなんですか?
藤本 うん、そういうこと。それぞれの厚生委員会だとか保険薬局部会は、若い先生は入るけれども。
平田 実は、生涯教育委員会が今までは若手をどんどん集めるという形で理解していたんですよ。
藤本 そうそう。だから、若い先生方にそういう活動をしていただくということでIT委員会や生涯教育委員会に力を入れてきたというのがそもそもの最初の出発点です。
※※ そのIT委員会の委員長を平田先生に任命された理由は?
藤本 理事会の中で一番ね・・・
平田 一番初めに目が合ったなという感じで(笑)。ITができる前に実は保険薬局部会の方で僕はやっていたので。とにかく保険薬局部会、県からの情報はすべて会員の皆さんに伝えてあげたいと。定例会というのは2カ月に1回ほどあったと思うんだけど、それじゃもう遅いんだよね。定例会があるときに初めて知った状態では、何だ、その情報、という感じになっちゃうから。そうじゃなくて、とにかく県の方からの報告が入ったらすべての人間に流してきたらと。今まで僕は保険薬局部会の支部員をやる前は、そういった情報は理事会で取りあえず協議されて、必要であれば流すという形だったと思うんだけれども、そうじゃなく、とにかく全部流しちゃえと。
Hirata
※※ 理事会を通さずに、平田先生の独断で?
平田 そう。おしかりを受けても構わないと思って。そのときはまだ理事をやってなかったので、むちゃくちゃなことをやっていたんだけれども(笑)。ただし、県の方からの報告というのは会員に知らせても別に問題はない情報なので全部流そうと。いけないのも実は何個かはあるんだとは思うんだけれども、基本的には全部流すという形で流して。
 だから、IT委員会を引き受けたときも、僕がそういったことをやっているのも会長はご存じだったので、それで選んでもらったのかなとか思って。それでもうそのまますべての情報を迅速に各課に流せということなのかなと思って。僕は動いていたときは1人で動いていたから、協力していただいた薬局は、20薬局程度。IT委員会をつくって、7人で動ける人という形で3人から4人ぐらい動けるということで動いてもらって、結果的に今80薬局ぐらいまでメーリングリストを作ってもらった。これはもうIT委員会に作ってもらった会員はすごい助かった。
藤本 だから、おそらく今の薬局にそういう情報伝達をもすべて・・・、
平田 築いていかないと。
藤本 そうなった方が一番いいなと思っているわけですよ、将来的には。
平田 今はとにかく一方通行でしょう。ここから流すだけ。じゃなくて、将来的には、我々IT委員会が集い、宣教師みたいな形で普及していって、相互に情報交換できるような場ができたら一番。メーリングリストを使っているから、そちらの方で情報交換できるような形で即座に。各会員に投稿という形で今はできるようになっているから、そういった形でどんどん利用していけば会自体も盛り上がってくるだろうし、あと、会員としての自覚というのもかなり変わってくると思うんだね。
※※ 「IT委員会=ホームページの立ち上げ」という発想は?
藤本 社団法人宇部薬剤師会という団体があって、やっぱり地域社会に貢献する意味でこの団体は何をしているのか。例えば、よく、医者の横のただの薬局じゃないかとか、ドラッグストアで薬を売っているだけじゃないかとか。そういうものしかやってないということじゃないよ、薬剤師会ってこういうこともやっている、ということを一般市民に伝えようと。社団法人という、こういう団体があるということで、お薬屋さん、こういうのをしているんだろうとか、ああ、陰でこういうこともやっているのか、薬剤師はこういうこともやっているのかと。
 在宅医療だとか、緩和ケアだとか、これからもどんどん患者さんの中に入っていくということがおそらく増えてくるだろうと思いますので。こういうような活動をしているということを知らせるという社団法人としての責任がある。それがホームページ。
 そのホームページの方法も、どういうふうな形になるかというのは、僕らもITにうといから、皆さんに委員会に投げ掛けてもらって、IT委員会の方で方法はこういうふうにしようやとか、どんどん発展していってくれれば僕はそれでいいなと。
平田 今は土台づくりなんですね。とにかく一般向けにという形がベースだと思うんでね。そうしないと、今までが宇部薬剤師会としてPRというのがなかったわけ、健康まつり以外に。どんどんPRしていかないと、どんなことをやっているの? という形で、公益法人になりながら公益になってないんじゃないかというような恐れがあったわけ。それでホームページというのを利用すべきじゃないかということで。
藤本 実際にホームページを作成して、維持、それが大変だろうと思う。
平田 なるべく今は負担を軽くしておかないと。
藤本 その辺をどうしたらいいんだろうかというのもありますよ。全部、IT委員会に投げ掛けてしまっている。現実問題は、あらゆる情報が入ってきて、どこまでも一方通行になっている。
平田 この対談というのは、とてもいいことだと思うんですよ。薬剤師の職能を知ってもらうという意味では、いろいろな人に見ていただけるような形になると思うから。
 あと、ブログを使うというのも結構いい案だなと思って。そのブログの中にいろいろな情報を、例えば季節的なもの(夏かぜ・ノロウイルス・インフルエンザなど)とか、健康食品などで有害なものがあれば即座に対応できる形でPRしていくと。市民のために健康に関することは何でも情報を発信していきたいと。そういった形で宇部薬剤師会は貢献しているというか、薬剤師として使命を果たしていますよ、という風にどんどんPRしていきたいなと思います。
Fujimoto×Hirata
藤本 IT委員会のメンバーを中心に会員の皆さんがどこかでかかわっていますよ、ということも大事ですね。
※※ 話は変わりますが、お二人はなぜ薬剤師になられたのですか?
藤本 私は薬剤師の3代目なんですよ、私の世代が。祖父は病院の薬局長、おやじが開局して、おじが開業医でしょう。そういう中で育って、必然的にそっちの道に行くんだなという路線があったような感じ。僕は薬剤師にはなりたくなかったんだよ。
※※ なりたくなかった???
藤本 ないの、本当は。だから、実際、受験するときの勉強だって、親に黙って違う勉強をしていた。だから、受験のときになったら最初は落ちました。それは勉強してないので、全然、科目が違うことを勉強していて。そういういきさつもあって。だけど、浪人してからもやっぱり親の言うことを聞かないと学資も出してくれないし。
※※ 負担を掛けてしまったという。
藤本 一応そういうことでもう観念したというか。薬剤師、イコール開局するんだなという感じだったですよ。開局するということは、おやじの店を継ぐんだなという。そういう頭があったから、大学に行ってとにかく4年間勉強して、あとは自分がやりたいことをやればいいという感じがあったわけですね。だから、僕ははっきり言ってなりたくて薬剤師になったわけじゃないんで。そういう環境に育ったから必然的にそういう道を行かざるを得なかったという状況で行ったということです。
※※ 平田先生は?
平田 薬局といえば薬剤師だよね。薬剤師といえば薬。普通は、OTCとかあるでしょう。病院に行ったら病院に行ったで結局、薬をもらって、なんか知らないけど治るよね、風邪とか。あれが不思議だったんだ、「へぇ」とか思って。そういうので薬に関してすごい興味があった。それで薬学部に入って薬について勉強していった。本当は研究員になりたいというのもあったんだけれども、まあ、そういう頭がなかったと。
 初めは病院の方に勤めるような形。とにかく薬についてちょっと勉強したいというのもあったので、取りあえず病院の方に行って勉強させてもらって。それで、いろいろと病棟活動とかもしていたんだけれども、そのときがちょうど薬剤師が病棟活動を始めたばかりで患者さんとの対話、それがなんか楽しかったんだね、お話しするのが。たあいもない普通の会話なんだけれども、会話しながらいろいろな情報を取り入れていった先輩がいたんだ。普通の会話をしながらいろいろな情報を仕入れていくような、そういうことはすごく新鮮味を覚えたんだね、なんかすごい新鮮な感じがしたから。薬局の方がもっとそういうのに直接かかわれるわけだから、薬局の方が面白いのかなとか思っ
て、薬局を紹介してもらった。
 やっぱりなんか面白いんだね。当然、薬のことを説明するんだけれども、たあいもない会話をしながら、ああ、この人、体調がいいとか悪いとか判断して。きっちりとお薬の説明をしながらやっていくようになって、普通の会話をしながらちょこちょこと2、3、大切な情報を教えていくような。それが面白いんだね。
藤本 僕のときとは全然違う。
※※ 会長はどうでした?
藤本 僕らは仕方なしになったというかあれですけど、一応、卒業したら卒業したで、薬剤師の免状を持った以上は、今でいうドラッグストアみたいなところへ勤めて。それは、いわゆる自分のところのエリアがOTCの薬局だから、そういう道ということが頭にあったからいわゆるOTCの勉強を。そこから出発したということです。だから、OTCの勉強をしていて、やっぱり自分が勉強して、このものを実際問題、例えばお客さんが訴えてきたものに対して自分が売れる。調剤とは違って、自分の選択で自分で販売できる。その辺で、聞いてくれて、本当に物が売れたという喜びというのが大きいよね。それに対する反応、ああ、効いたよ、とか言ってくれることに対する喜びというのが普通の調剤では味わえない。
平田 対面販売は面白いですね。
藤本 そういう意味で面白い。
平田 本当の楽しみを見付けたような感じがありますね。


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話は尽きないが今回はここまで。第二部へ続く。
Fujimoto×Hirata
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